トモのプロフィール

プロフィール

プロフィール

  • 名前:トモ
  • 年齢:33歳
  • 出身:千葉県
  • 最終学歴:大学卒

これまでに国内外で14の仕事を経験してきた。
それぞれの仕事についてまとめてます。

気になるお仕事がありましたら、下の目次から移動できます。

トモの仕事遍歴|国内外で14の仕事を経験

トイザらスのアルバイト|人生初のアルバイト

  • 時給:900円
  • 期間:2005年9月~2009年3月

仕事内容

  • レジ打ち
  • 品出し
  • 荷下ろし
  • 組み立て
  • 掃除

人生初のアルバイトです。

実家から自転車で通えるかつ、初めてのアルバイトでもできそうな仕事という条件で、トイザらスに決めました。

仕事内容は、レジ打ち、品出し、荷下ろし、組み立て、掃除など、マネジメント以外のほとんどの仕事を経験させてもらえました。

就活でもトイザらスにエントリーして、内定をもらいましたが、新しい仕事を経験したかったので悩んだ末に辞退しました。

たくさんミスもして社員の方やアルバイトの方に迷惑をかけましたが、人間関係が良かったので、本当に楽しかった思い出しかないです。

配膳のアルバイト|時給は良かったけど、、、

  • 時給:1300円
  • 期間:2008年9月~2009年3月

仕事内容

  • 立食パーティーの準備
  • パーティー開催中の皿の補充
  • 使用済みの皿の回収
  • パーティー終了後の跡片付け

トイザらスの次に始めたのが配膳のアルバイトです。

品川配膳という派遣会社に登録して、指定された場所に行って、配膳のお仕事をしてました。

時給が良いのと短期でも働ける点に魅力を感じてはじめました。

仕事内容は、主にホテルの宴会場で行われる立食パーティーの準備から、パーティー開催中の皿の補充や使用済みの皿の回収、パーティー終了後の跡片付けになります。

時給は良かったものの、派遣先が毎回異なること、家から電車で片道1時間から1時間30分かかるため遠いこと、飲食店でホールの経験がなく皿の持ち方や扱い方が不慣れであったことなどから、働きにくさを感じて、徐々に働く日数を減らしていきました。

学生はほとんどいなく、30代以降の男女が多く、複数の派遣会社に登録しながら、配膳の仕事1本で働いてる人が多い印象でした。

通信会社|新卒で入社、朝から晩までひたすらピンポン

  • 月給:20万円~
  • 期間:2009年4月~2010年12月

仕事内容

  • フレッツ光の個人宅への訪問販売営業

新卒で入社した会社です。
営業職として採用され、同期がグループ企業も合わせて800人ほどいました。

仕事内容はフレッツ光の個人宅への訪問販売営業です。
マンション一部屋ずつピンポンしてフレッツ光を売ってました。

残業代込みの固定給だったので、売っても売らなくても給料に変化はなかったものの、売り上げ上位の人はボーナスで還元されてました。

朝から晩まで300ピンポンして1件から2件契約をとるような仕事だったので、走りながら考える、とにかく行動量を増やす、という考えはこのころ植え付けられたのだと思います。

今考えれば、相当古典的な非効率なことをやっていたと思いますが、新卒で入社したため、他の会社と比較することができず、無我夢中で毎日深夜まで働いてました。

分社化|転籍で再出発、このまま続けるべきか悩む

  • 月給:22万円~
  • 期間:2010年12月~2013年3月

仕事内容

  • フレッツ光の個人宅への訪問販売営業

会社の事情で私がいた部署は分社化されることになり、新会社に転籍という形で再出発しました。

仕事内容は以前の会社と変わらず、フレッツ光の個人宅への訪問販売営業です。

2011年3月に東日本大震災が起こり、NTTから訪問販売営業の自粛要請が来たため、一時は会社倒産の危機に直面しましたが、なんとか持ちこたえて、退職する直前まで訪問販売営業をしてました。

当時25歳でこのまま訪問販売を続けるべきか悩むことも多々あり、本気で転職を考えるようになり、働きながら転職活動を進め、大手広告代理店から内定をもらい転職することにしました。

広告代理店|まったく仕事ができず挫折、短期離職

  • 月給:30万~
  • 期間:2013年4月~2014年5月

仕事内容

  • インターネット広告の出稿提案営業

転職エージェントのリクルートエージェントを使って、広告代理店に転職しました。

仕事内容はアカウントプランナーと呼ばれる職業で、クライアントにインターネット広告への出稿提案などを行い、手数料を頂く仕事です。

以前の会社でやっていたのは個人宅への訪問販売営業で、今回の会社では法人営業になります。

法人営業の経験は以前の会社では全くないものの、同じ営業職としてのポテンシャルを買われて入社しましたが、法人相手だと担当者とのやり取りはもちろん、社内の複数の部署を巻き込みながら仕事を進めることが多く、その経験が全くなかったこともあり、圧倒的な実力不足を入社早々に感じました。

インターネット広告に関する知識もなく、法人営業経験もなく、本当にゼロからのスタートだったのでかなり苦労することは予想してました。

この状況を打破するには行動量を増やすしかないので、労働時間を増やすため土日も休まず出社して、何とか一日も早く仕事に慣れて独り立ちできるよう努力しましたが、全く成果が出ずむしろ頑張れば頑張るほど状況は悪くなるばかりでした。

最終的にはクライアント側から担当を変えてほしいと言われ、自分の実力のなさに落胆し、このあたりからもうこの仕事は続けられないと感じるようになりました。

丁寧に教えいていただいた上司はもちろん、同じグループのメンバー、採用していただいた会社には期待に応えることができず申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、これ以上働けるだけの気力もなく、辞表を提出して退社することになりました。

Aから始まるMLM |黒歴史①、時間の無駄だった

  • 期間:2014年5月~2014年12月

仕事内容

  • 会員の勧誘

前職の広告代理店でメンタルも崩壊して自己嫌悪に陥ってるとき、出会ったのがAから始まるMLMです。

このとき、いろいろなコミュニティーサイトに登録していて、そのとき出会った女性の1人が、後々わかることになるAから始まるMLMの会員だったのです。

安定した収入が得られる、誰でも簡単に始められるなど、当時メンタルが弱っていた私にとってはとても魅力的な言葉が多く並べられ、話を聞いてみたいと伝えたところ、後日マンションの一室に案内されました。

そこでは、多くの男女が所狭しと座って、ほぼ全員スマホを操作してる異様な光景が広がってました。

この時点でいやな予感はしてましたが、帰るタイミングを見つけられず、一通り説明を聞き終わったタイミングで席を立とうとしました。

すると、いま契約したほうがいいみたいな話になり、こっちは終電が無くなってしまうと伝えたものの面倒なことになりそうだったので、とりあえず契約書にサインしてその場を後にしました。

後日、Aから始まる会社に電話で相談して事の経緯をはなしたところ、契約は破棄されることになりました。

Aの商品は使ってみたらわかりますが、品質も良く物は良いのですが、会員の勧誘の仕方が雑で、そのイメージがあまりに悪いので、ネット上でAの評判が悪いのもうなずけます。

それでも、安定した収入が得られる、誰でも簡単に始められる点については、魅力を感じていたので、まともに活動してる別のコミュニティーに参加して、Aを改めて契約して活動することにしました。

Aをはじめ多くのMLMは、自分が紹介した人がさらに誰か別の人を紹介することで、売り上げが伸び報酬が増えるシステムになります。

結局自力で誰かAをやりたい人を見つけなければならなのですが、そう簡単に見つかるわけもありません。

少なくともAの評判は悪く、Aの名前を出しただけで警戒されることもしばしばでした。

また、ある程度商品を購入して使ってみないと、製品の良さがわからないこともあり、化粧品やシャンプー、食品などは実際に購入して使ってみたら良いことがわかりましたが、1台10万円する浄水器や、1台20万円する空気清浄機は買ったものの、ほとんど使うことはありませんでした。

活動を始めて数か月後には、自分には無理だろうなと考えるようになりました。

Wから始まるMLM|黒歴史②、決断は突然迫られる

  • 期間:2014年10月~2015年3月

仕事内容

  • 会員の勧誘

Aの活動をしてる間にある男性に出会ったのですが、その男性は別のSから始まるMLMで成功された方で、年収2000万円以上稼いでる方でした。

その方から、まだ日本未上陸の最新のMLMがあるから、やってみないかと誘いを受け、後日詳しい話を聞くことになりました。

そのMLMがWからはじまるもので、旅行を商材として扱うものでした。

会員になると、お得な値段で海外旅行が楽しめるみたいで、普段宿泊することができない5つ星ホテルや豪華クルーズ旅行に格安で参加できるような内容でした。

海外旅行は好きでこれまでに、イタリア、グアム、ハワイ、サイパンに行っていたので、これなら自分でもできそうと感じ、はじめてみることにしました。

色々なコミュニティーに参加して出会った方に話したところ、感触も悪くなくこれならいけるかもと思い始めた矢先に、親から今後について話したいと告げられました。

家族会議の結果、もうこれ以上お前を家に置いておけないと強く言われ、出ていくよう指示されました。

猶予期間は1カ月しかなく、少なくとも今のWから始まるMLMは続けることができなくなり、別の方法でお金を稼ぐ方法を模索しました。

このタイミングで知ったのが、ワーキングホリデーになります。

このとき、私の年齢は27歳でした。

次の決断が人生に大きな影響を与えるだろう考え、今後自分がどうなりたいのか、何をすべきなのかなど考えた結果、英語を学んで、海外で働きながら生活したいと考えるようになりました。

そこで、ワーキングホリデービザを取得してオーストラリアに行くことを決意し、親に出て行けと言われた翌月には飛行機に乗ってオーストラリアに入国しました。

ファームジョブ|人生初、海外のお仕事

  • 時給:21ドル
  • 期間:2015年5月~2015年8月

仕事内容

  • ブロッコリーのカッティング

コネもない、英語もほとんど話せない状態で、オーストラリアに入国して仕事探しを始めました。

短い期間でしたがある程度ワーキングホリデーに関するブログを読み漁っていたこともあり、クイーンズランド州ブリスベン郊外のガトンという田舎町でファームジョブをすれば、そこそこ稼げるという情報をたよりに、ガトンに向かうことにしました。

ガトンではキャラバンと呼ばれるバラックみたいなところで寝泊まりすることができ、ファームジョブで働いてる日本人がたくさんいることがわかりました。

早速キャラバン内に住んでる日本人に話を聞きまくったところ、どうやらスティーブンとよばれるコントラクターがいて、何度もあきらめずアプライすれば雇ってくれるかもしれないよとアドバイスをいただきました。

翌日、さっそく朝5時からキャラバン前の集合場所に並んでスティーブンのピックアップカーが来るのを待つことにしました。

初日はピックアップされませんでしたが、諦めることなく並び続けること3日目で初めてピックアップされました。その時の高揚感と不安な気持ちは今でも鮮明に覚えてます。

私が担当したのはブロッコリーをカットする仕事になります。

地面垂直に生えてるブロッコリーの茎をナイフで切断して、さらに葉っぱを落として綺麗にしたら、目の前を走るトラクターのベルトコンベアめがけて投げ込む、という一連の作業を朝6時から午後3時まで、途中休憩を取りながら1日中やります。

最初は1時間働いただけでハアハアいってこんなに一日持たないと嘆きながら働いてましたが、1週間もすれば体も慣れてきて、最終的には週6日働いてました。

8月上旬にばね指になってしまい、患部を注射したことで、病院から2-3週間は働かないでくださいと言われてしまい、働けない期間を利用して始めたのが、このブログになります。

また、ブロッコリーのカッティングの仕事も年中できるわけでなく、ブロッコリーが育つ5月~9月頃までで、どちらにしろ新しい仕事を探す必要がありました。

パン屋|最高時給45ドル(約3600円)

  • 時給:25ドル~45ドル
  • 期間:2015年9月~2015年12月

仕事内容

  • パンの製造

新しい仕事を探すため、次に向かったのがクイーンランド州ケアンズ郊外にある田舎町マリーバです。

ここにはチキンファクトリーとよばれる高時給で働ける工場と巨大バナナファームがあることで有名で、キチンファクトリーで働きたくガトンから飛行機とバスを乗り継いで、約1日かけて移動しました。

マリーバのキャラバンパークに滞在しながら、仕事探しを始めました。

目的のチキンファクトリーについては、タイミングが悪く採用されませんでしたが、その代わり同じキャラバンに滞在していた日本人の方が近くのパン屋で最近退職者が出たらしいから、アプライしてみたらと教えていただきました。

早速、そのパン屋で働いてる日本人の方に会って事情を説明したところ、ボスに話しておくから、夕方以降にレジュメをもってボスに会いに来てと言われ、ボスに会って話したところ採用していただき、翌日から働くことができました。

パン屋のアルバイトは、夕方5時頃に出社して、深夜2時~3時頃に退社します。

夜勤のシフトなので深夜手当が付くのと、土日や祝日出勤の場合、国か州の法律で賃金を高くすることが義務付けられてるらしく、最高時給は45ドルにまで上がりました。

仕事内容は、完全体力勝負なので、前回ガトンで働いていたブロッコリーのカッティングと同じくらいキツかったですが、稼ぎが良かったので、年末にシドニーに移動するまで働かせていただきました。

ミートファクトリー|時給28ドル(約2240円)

  • 時給:28ドル
  • 期間:2016年5月~2016年11月

仕事内容

  • ミートファクトリーでクリーナーの仕事

ワーキングホリデーのセカンドビザを取得して再度オーストラリアに入国しました。

タイミングよく、ガトンで出会った日本人の方もセカンドビザを取得してオーストラリアに再入国するということで、西オーストラリア州のパースで合流することになりました。

その日本人の方は、ガトンでファームジョブを経験したあと、ニューサウスウェールズ州のスコーンという田舎町にあるミートファクトリーでクリーナーとして働いていたらしく、今回もそこで働くとのことでした。

可能であれば私も働けないかボスに聞いてほしいとお願いしたところ、働けることが確認できたため、さっそくスコーンに移動してボスに会い、翌週から働かせてもらえることになりました。

クリーナーの仕事とは、日中の作業で汚れた機械を高圧洗浄で綺麗に洗い流す作業になります。

夕方4時ごろに出社して、深夜0時ごろに帰宅します。週1回は保健所の担当者と一緒に工場稼働前の最終点検の立ち合いをする必要があり、深夜3時に再び工場に戻って保健所の職員と一緒に問題ないかチェックして、5時ごろ帰宅します。

時給28ドルだったので本来は1年間働きたかったのですが、オーストラリア政府の方針で、同一雇用主の元で6カ月以上継続して働くことができないため、11月に退職することになりました。

その後、年末年始をシドニーで過ごし、車で東海岸を移動しながら北上を続け、ゴールドコーストに移動することにしました。

ここで新しい仕事を探していたところ、父方のお母さんが亡くなったと日本から連絡があり、急遽帰国することになりました。

アフィリエイトサイト運営|安定した収益化できず撤退

  • 期間:2017年2月~2017年12月

仕事内容

  • 記事の量産

オーストラリアワーホリから帰国してすぐに取り掛かったのが、アフィリエイトサイト運営です。

これはオーストラリア滞在中から既に思案していたものだったので、やると決めたらあとは作業量を増やすのみで、毎日記事を量産してました。

その頃はこのやり方でもgoogleが評価してくれたため、瞬間的に月利16万円まで伸ばすことができました。

しかし現実は甘くなく、Amazonから記事の規約違反を指摘され全て変更するよう指示され、変更したところgoogleの検索順位が暴落して、収益もほぼ0円になりました。

他にも記事を量産していたのですが、googleが大型のアップデートを行った結果、多くの記事が圏外に飛ばされてしまい、アフィリエイトからの収益確保が困難になりました。

FX 仮想通貨|累積40万円以上の損失、一時停止中

  • 期間:2017年12月~

仕事内容

  • トレード

アフィリエイトサイト運営の難しさを痛感しながら、他からの収益源を探していたところ、FXや仮想通貨に挑戦してみようと思い、さっそく口座を開設してトレードしてみました。

結果、見事惨敗して、たった2日で8万円を失いました。

このままだと1カ月もたたずに資金がショートしてしまうと感じ、しっかりFXについて勉強してから再度トレードしようと考え、FXの勉強を始めました。

その後は、少額資金を入れてトレードして、資金が無くなったらまた勉強して、検証が終わったらトレードを再開する、というの何度も繰り返しながらトレードスキルの向上を図りました。

しかし、資金は一向増えることもなく無情にも月日は流れ、FXを始めてから2年が過ぎても、安定的に勝てるまでに至りませんでした。

負けの原因を分析した結果、少額資金ハイレバレッジだと負けやすいことが分かり、資金を増やしてレバレッジを低めに抑えれば、負けにくくなるのではないかと考えるようになりました。

ここで一旦FXはお休みにして、資金を増やすことに専念しました。

電脳せどり|月5~10万円をコツコツ稼ぐ

  • 期間:2020年7月~

仕事内容

  • 仕入れ
  • 販売

FXより難易度が難しくなく、ブログやアフィリエイトサイト運営よりも早く収益化できる仕事をさがしていたところ、手堅く資金が増やせるせどりに挑戦してみることにしました。

具体的には、楽天市場で仕入れてAmazon FBAで売ってますが、2ヶ月目で利益が5万円になりました。

一旦の目標は仕入れ100万円の利益20万円ですが、1年以内には達成したいです。

ブログ再開|再チャレンジ中

  • 第1期:2015年7月~2017年7月
  • 第2期:2020年8月~

仕事内容

  • 記事の量産

このブログを始めたのが、ワーキングホリデーでオーストラリア滞在中でした。
主に、ワーキングホリデーに関する記事を書いていました。

ワーキングホリデーから帰国後、書くネタもほとんどなく、2017年7月の投稿を最後に、ほぼ放置してました。

しかし、ネットに資産を構築することの大切さを改めて考えるようになり、2020年8月にブログを再開することにしました。

今後のブログの方針について、オールジャンルで投稿します

ブログの方針

  • 当初|ワーキングホリデーに関する特化ブログ
  • 今後|オールジャンルに対応、経験に基づいた記事作り

当初は、ワーキングホリデーに特化したブログにする予定でした。

しかし、私自身様々な経験する中で、「この経験が誰かの役に立つのではないか」、と考えるようになりました。

今後は、実体験に基づいた記事作りを心掛けて、記事を公開していきます

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